「春夏秋冬 料理王国」序にかえて
簡単に言って、料理とは単に舌先だけで味わうものではなく、また弄ぶものでもない。
耳から、目から、鼻からと、様々な感覚を動員して、「美」と「味」の調和を楽しむものだと思う。
色どり、盛り方、取り合せ、材料の良否と、みな「美」と深い関連性をもって考慮されています。
栄養の効果という点からも「美」は見逃がせない役割を担っています。
「味」のことばかりを言って、その背後にある「美」の影響力に無頓着なのが、言って悪いが当代の料理人、料理研究所あたりの大方ではないでしょうか。
また、近ごろ出版される料理書の殆んどがこの点には全く無関心、食い足りないものばかりなのは嘆かわしい次第です。
料理を心底から楽しむ人は、まず第一に、料理の風情に重きを置き、環境を楽しみ、大切にいたします。食道楽の「楽」は、ここに至って始めて一人前と言えます。食通とても同じことです。
少し極端な言い方かも知れませんが、料理に「美」を求めぬ人は、当てがい扶持に満足する犬猫の類と同じだと言っても差支えないでしょう。
人々によって、もちろん楽しみの高さ低さは異なりましょう。従って、見解の相違もおのずから生じもしましょうが、なろうことなら、志を高くもって、料理を味わい、人間を高くしたいものです。
淡交新社から「料理生活七十年の体験を通して、あなたの料理哲学、料理を通じての人生観といったようなものを書いて欲しい」とおすすめがあったのを潮時に、常日ごろ、話したり、書いたりしたもののうちから、この趣旨に添うようなものばかりを拾い集め、読み返し、最近の感想やら、二三の具体例などを補足してまとめたのが本書です。
文字通りあちこちに散らばっていた藻塩草を掻き集め、焼直し、蒸返したものなので、前後の脈絡を欠き、重複も一再ならずあって、必ずしも統一あるものと言えません。
読者のみなさんには、甚だ読みづらいかも知れませんが、一章一章独立したものとして読んでいただけますなら、料理とは何であるか、御賢察いただけるものと思っております。
昭和三十五年 陽春
北鎌倉の山荘にて 北大路魯山人
青空文庫より引用